あなたの辞書と本、捨てます
捨てられなかったあなたの辞書と本、捨てることにしました

辞書と本を捨てます
どうしても捨てられなかった、[br num="1"]
あなたが使い、
手垢と手ずれと
そして、29年の間にいつのまにか埃で焼けた辞書や本を、[br num="1"][br num="1"]
捨てようと思います。[br num="1"]
思い出の品々とともに、わたしも老いました
わたしも、あなたの思い出の品々とともに時を経て、老いました。
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限りある命の、なにが起きるか、はかり知れない、
明日について踏み込んでかんがえなければならないと、
思う気もちはずいぶんまえからあったのに、
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日々のできごとや、こころの動きに流されて、
向きあえませんでした。
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粗末な本棚から、
一冊一冊取り出すときの指先の痛みと息苦しさに耐えるために、
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大きく息を吸い込んで、
頭を真空にするつもりです。
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あの瞬間があったから
辞書を繰り、探し当てたページを見つめる、うつむいたあなたの面差しが、
まるで、ついさっきみたことのように、ありありと脳裏に浮かびます。
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顔をあげ、わたしと視線が合ったときのあなたの目にうかんだ、
くつろいで安心しきった温かい色。
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なんという幸せなひとときだったのでしょう。
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あの瞬間があったから、
脆く、くじけやすいわたしが、
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人並みよりはすこし多かった苦難の道を歩いてこられたのでした。
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この週末、
捨てるための袋を用意して、
わたしは粗末な本棚の前に立ちます。
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思い出は、捨てようもなく残るのがたしかな慰めになると信じて。
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一間ひふみ
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